生まれて

四十二日目。


高原の夜ってこうなるのか。
寝不足と、夜の冷え込みで風邪をひいた。


今日は45番岩屋寺に行くだけにしよう。


岩屋寺は中国の桂林のような奇岩がボコボコならぶ
山奥にある。車で参道の下まで行けるけれど
そこからは誰もが急峻な道を登らなくてはならなくて。
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荷物を背負ってスイスイ登る僕。
手ぶらでハァハァ他の参拝者。
どんなもんだ。


そんな場所にあるからか、
信仰心が篤い人が多いように思えた。


大師堂の裏手にまわると、
木漏れ日の中、何もない山に向かって
80歳になろうかというお婆さんが唱える般若心経。
声を詰まらせながら最後に
「子供たちに・・・」と祈る姿と
その周りで
「ばあちゃん、何に祈っとるん?」と聞いて
答えを待たずにバタバタ落ち着きのない孫二人。


無邪気とはこういうものかと、
少し胸が熱くなった。


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近くの温泉に入ってロビーでのんびりしていると
昨日同宿というか、同公園のオカノ君が。今日も同小屋やね。
おすすめの本て何ですか?という話になったので
唯一持ってきている、茨木のり子『詩のこころを読む』を貸してあげた。


「この I was born ていう詩、いいっすね。」
と、寝る前にオカノ君。




I was born     
                  吉野弘



確か 英語を習い始めて間もない頃だ。



 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕霞の奥から
 浮き出るように白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。


 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。
頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それが
やがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。


 女はゆき過ぎた。


 少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は<生まれる>ということが まさしく
 <受身>である訳を ふと了解した。僕は興奮して父に話しかけた。
──やっぱり I was born なんだね──
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
──I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。
自分の意志ではないんだね──


 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として
父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼かった。
僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。


 父は無言で暫らく歩いた後 思いがけない話しをした。
──蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 
何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね──


 僕は父を見た。父は続けた。
──友人にその話しをしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。
説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 
入っているのは空気ばかり。見るとその通りなんだ。
ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて 
ほっそりした胸の方にまで及んでいる。
それはまるで目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 
咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。
淋しい 光の粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>というと 
彼も肯いて答えた。<せつなげだね。


そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落とて
すぐに死なれたのは──。


 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつ痛みのように切なく 
僕の脳裡に灼きついたものがあった。


──ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体──。








今日の歩数
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トータル
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