ティンリー
夜中に降り出したミゾレ。
量は大したことないんやけど。
自転車のギヤからディレーラー、Vブレーキ。
細かいところまでしっかり凍らせてしまって動かない。
谷から水を汲んできて自転車にかけ、
ジワジワと溶かすつもりが、
早朝の谷は日が入り込まないおかげでまだまだ氷点下。
焼け石に水どころか、氷と氷がくっつき、
逆にひどくしてしまった気がする。
それを見ていた遊牧民の二人が
彼らのテント内に自転車を運び入れてくれた。
テント内の熱気でみるみる溶けていく氷。
その間に食事。
やっぱりザンパ。
あとは羊の生肉というか頬の部分の脂身。
白い毛のついたその脂の固まりは
ほのかな塩味があって、見た目の百倍ぐらいおいしい。
お礼に僕のジュマをあげると、こっちの方がうまいと
いいたそうに羊の腸詰をゆでてくれた。
これもジュマという。
ヤクの毛で編んだテントで寝て
牛糞をくべて暖をとり、
羊の肉と牛の乳でできたバターを食べる。
シンプルな生活だ。
自転車にまとわりついた氷が溶けきって出発。
標高はどんどんあがる。どこまで登るんだろう。
先の見えない峠はきつい。
ラサから数日3700m台をウロチョロしていたおかげで
4500mぐらいで高山病の症状が再びでてきた。
連続走行で明らかに疲れている僕の最大の敵は
眠気と意識の朦朧だった。
ハンドルに顔を伏せて休憩しているといつの間にか
数分が過ぎている。
10m押して進んでは休む。本当に辛い。
こんなに辛い坂は初めてだ。
何を考えていただろう。
結局は思考が浅いところで終わってしまう。
息を切らせながらぼーっと自転車を必死で押す。
矛盾している表現だけれど、実際そうだ。
たった2km進むのに1時間かかる。
そして5000mを超えた。振り返ると空が青い。
地球じゃないみたいや。
一台のランクルが止まり、観光客が僕の写真を撮っている。
「頂上まであとどのくらい何でしょう?」
「もうすぐ、あとカーブを2つ曲がったらおしまい。」
「ここが一番高い峠だからね。」
ああ。そうだったんや。
下り坂の途中、立ち寄った小さな村に立派な温泉旅館があった。
1泊100元と高いけれど、金の問題ではない。
香港以来実に25日ぶりの風呂、シャワー。
貸しきり状態の大きな湯船、生ぬるい。
底がザラザラしている。
中国人観光客が後から大勢入浴してきた。
一人が湯船に痰を吐いた。
ああ。