羊八井

カサカサとテントの際に雪が積もっていく気配。





朝、テントのジッパーをあけるとあたり一面真っ白だった。
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青海省側とちがって、ここらの雪はベタベタと湿っぽい。
服に着いたときから雪の結晶もつぶれてしまっていて、
すぐに水にかわって物を濡らす。
が、ここは標高4700m。
日差しはその水もあっというまに乾かしてしまうぐらいきつい。


となりの巡礼者のテントで
バター茶とラーメンをごちそうになった。
ヤクの腸詰がおいしかったので、作り方を聞いていると
「持っていけ、持っていけ。」と2kgぐらいくれた。
カリブーの肉を持つ植村直己みたいやんとうれしくなった。
この腸詰、ジュマというらしいのだけれど
食べると不思議と海の香りがする。
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今日もまた、昼から向かい風。
体がどうしようもなく疲れている。


テント泊は基本的にあまり好きではない。
なんだかんだで熟睡できないから。
でもチベット自治区に入ってから宿には泊まっていない。
那曲という大きな街の招待所に泊まったら、夜10時に
「公安にばれると1000元の罰金になるから、やっぱり出て行って。」
といわれ、
「はいはい、私が悪うございました。」とくそ寒い夜の街に出て行った。みじめだ。
ちょうど久しぶりのインターネットで日本人社員のスパイ疑惑での拘束を知り、
僕もつかまったらやばいなあと、テント泊をつないでラサまで行くことに決めた
ところだった。

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残りのビザ日数を数えると
明後日にはラサにいかないと、ネパールにたどり着けそうもない。
いざとなればヒッチハイクという手があるけれど、チベット自治区では
白タク行為の取りしまりは厳しいらしいので、なんか面倒。
まあ、2日で170km。
標高3600mのラサまで最後は下り坂みたいだし余裕だろう。
でも、今は強烈な向かい風なんだな。



夕暮れ間近、また巡礼者らしきテントを見つけた。
すっかり味をしめている僕は、同じように近づいて
同じように歓待されて、というのを想像していたのだけれど。
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20代の3人組。男2人と女1人。
どういう組み合わせなんだろう。


男達とはしばらく、話が弾んでいたのに
ずっと無言だった女が外に出て行くと、片方の男の顔が変わった。
何を聞いても仏頂面で「わからない。」しか言わなくなった。


強烈な居心地の悪さを感じていると、
「食べろ。」と包子や餅子(かたいパンみたいなもの)
を大量に差し出してきた。
「こんなに食べられない。要らない。」と言っても
「食べろ。」と言う。


どうしたものかな、と仕方なく食べていると
「食べろ。食べられないものは持っていけ。
そして、1キロでも2キロでも離れたところに寝てくれ。」
「悪気はない。あの女の子が近くで寝られるのを怖がっている。」


ああ、そういうことか。了解了解。
こういう人もいて当然だろうな。


でも食べ物をもらって追い出されるというのは、
みじめで、腹立たしく。



外に出るともう暗かった。
二度と彼らに会いたくなかったので、1キロどころか10キロぐらいこいだ。
結局今日もまた夜に走っている。
道路をはずれるとまわりの地形がわからないぐらい今夜は暗い。


遠くに民家らしき灯りが見えた。
商店だった。店の主人に
「テントを店のよこに張ってもいいですか。」と聞くと
「いいよ、いいよ、何か買ってくれるんだろ。」と。


とりあえず、今夜の寝床は確保したなあと
ほっとしてタバコを吸っていると、商店におつかいに来たらしい少年が
「このあたりの人は、良くない。夜は危ないと思う。」
という。


嫌なことをいうなあ。
でもきれいな目をした少年の言うことはなぜか信じられて。
「でも、もう暗くてどうしようもない。」
「家の庭にテントを張らせてもらえない?」


少「家族を説得するのに、身分証がいる。」
僕「外国人だから身分証はない。パスポートならある。」
少「ふーん。よくわからないけどたぶん大丈夫。」
僕「泊まるのにお金はいるのか。」
少「要らない要らない。」


急な丘を登ったところにあったのは、石で囲まれた大きな家。
ここらは元来、風が強いところらしい。


両親と姉夫妻と子供、お婆さんの7人家族。
中国語が話せるのは少年だけ。
牛と羊を放牧して生計を立てているんだと。
いい羊なら1匹400元。牛は4000元で売れるという。
皆でチベット語のテレビを見ている。延々とチベット語で歌っているだけの番組。
面白いんやろうか。


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母親と写真を撮るとこういう顔になるというのはよくわかる。



少年が商店で買ってきたそうめんを茹でただけの
夕食をごちそうになった。うすーい塩味。
しかし、おいしい。たぶん一人で食べていたらおいしくない。
あと、その日とれた牛乳。心底ホッとする。
食べ物っていうものは、こんなに心に作用するもんなんだな
チベットを旅行していてよく思う。



お礼を言って、外に出てテントを張っていると、
少「自転車乗っていい?」
ああ、少年なんだなあ。


丘の上から見下ろすと
自転車のライトがあっちにいったり、こっちにいったり。
息を弾ませて戻ってきた少年は
メーターを指差して「800m走ったよ。」と


サイクルメーターがすぐに読み取れるなんて利発な子だ。
話す内容も、わかりやすい中国語にして話してくれる態度も。
ここに生まれておらず都会に生まれていたら
どんな少年に育っていただろうかなあ。


少「明日、出発前にもう一回乗らせて。」


またさそり座が見える。
満天の星空。
今日もどうにかなっている。