トトフ

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これから先のチベット自治区に行くには
外国人旅行許可証が必要だけれど、
自転車旅行の我々にそういうものは絶対に下りず、
公安に捕まったらなんらかの罰を受けることになる。






午後八時。完全に日が落ちた。
その気はなかったけれど、適当なキャンプ地を
探すうちにナイトランになってしまった。


南西の空はほのかに明るいなあー、
と思っていたのだけれど、
対向するトラックのまぶしいヘッドライトを
やりすごしたあと、一気に空が暗くなった。
闇夜だ。


と、さそり座の先っぽが山にかかっている。
左右あわせて視力0.4の僕に見えるなんて。


その後もトラックのヘッドライトをやり過ごすたびに
星がどんどん見えるようになってくる。
なんなんだろう、すごい体験だ。


しかし、寒い。マイナス10℃。
ペットボトルの水も走っているうちにいつのまにか凍ってしまった。


フェイスマスクから白い自分の吐息が漏れて
目の前が見づらくなるけれど、止まるのが億劫で
坂もなにも関係なくこぎ続けて、
ヘッドライトにチラチラ銀色のものが反射して
さすがに漕げない、こりゃ参ったと思っていたころ、
遠くに連なったライトが見えたので
きっとあれがトトフだろうと思っていたら、
いつのまにかそのライトの集団が形を変えて僕に急速に
近づいてきて、ああトラックの列か。


トトフに架かる橋のライトが見えて
「ああ着いたわ」
独り言も久々の人の気配。
自分の声じゃないみたいや。


さて、宿を探すかと橋を渡りきったところで検問。
傍から
「ツォン ナーリー(どこから来た?)」と呼び止められる。
不意だったので答えを用意していなくて
「ツォン ウーダオリャン(五道梁から)」と答えに
なっているようななってないような答えで
やり過ごして抜けた。



町に入って宿を探していると、どこに居たのか
いかつい制服姿の武装警察に後ろから呼び止められた。
町にいる公安と違って、皆一様に鋭い目つきをしている準軍隊組織だ。
彼らが笑っているのをみたことがない。


武「どこから来た?」
僕「日本から。」
武「おい、日本人だ。日本人。」


と続々と武装警察が集まってきて、
「我々は武警だ。WJ。ウーチン。わかるか?」と。


あー、拘束される。
チベットを目前にしてここで旅行は終了か、と観念していたら
「もう遅くて、どの宿も満室だから武装警察の宿舎に泊まりなさい。」
と言う。
僕「いくら?」
武「人民元で300元(4500円)。」
僕「高いのでけっこうです。外でテントを張ります。」
武「じゃあ150元でどう?。」


なんだか雰囲気がおかしい。
たぶん彼らは、これから先のチベットに外国人が行くのに許可証が必要だなんてことは知らないんだろう。
150元なら出せないことはないし、泊まってみるか。


武「それじゃあ君は車に乗って」「自転車は私が乗って行く。」
あー、なんだやっぱ拘束なんかな。これ。


武装警察のいかつい車に乗って雪の積もった道を
数分走ると、宿舎に着いた。


荷物を運ぶとき、手がかじかんで手間取っていると、
武「寒いですか?助けてあげますよ。」
と鋭い目つきのまま少し微笑んで
僕の手を素手で包んでくれる。
なんか照れくさいがあったかい。
武装警察も人の子だなあ。


10床ある部屋に通される。きれいに折りたたまれた
緑色のふとん、ベッドの下には桶とコップがあるぐらい。整理整頓されている。あー軍隊だ。
壁には酸素吸入器が備え付けられている。


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武「はい、お湯。」
とお湯の入った水筒を手渡して
荷物を部屋へ一緒に運んでくれた案内役の彼は去る。


もうひとり、軍人とは思えない目つきの柔和な人が
部屋に居たので、いろいろ質問すると
「中国の武装警察は、こういう僻地では人民との調和を図るのも一つの仕事で、
こういう風に宿を提供することもあるのです。それに我々のほうも軍隊にお金を渡すことでサポートできるのです。」
と北京からの旅行客の彼は教えてくれた。




宿舎は床暖房がきいていて暖かく、
久しぶりに靴下を脱いで寝ると、
なにか落ち着かずなかなか眠りにつけない。
気持ちが昂ぶっているのがわかる。