瑠璃の方船

瑠璃の方船 (文春文庫)

瑠璃の方船 (文春文庫)


大学時代の後輩に「旅立つ貴方におすすめです。」と言われ、今読んでいる。


誰にでもあるであろう学生時代の焦燥感。
田舎から大阪に出てきた私も、洗練された都会出身の同級生に圧倒され、
入学当初は自分の取柄のなさにやきもきしていた。


しばらくして音楽をする人間と、詩を書く人間と仲良くなった。
二人とも浪人してからの入学で歳は一つ上だったが、年齢以上に彼らは大人びて見えた。彼らと話していると、洗練された他の学生が取るに足りない人達にみえた。
二人が話す内容はどこか浮世離れしていて、彼らとただ怠惰に過ごす時間も意味のあることのように思えた。
われわれは揃って一年目は留年をしたが、むしろ私にはそれが正しい道であるような
気がした。


彼らに負けまいと思い、私は絵を描き始めた。視覚するものすべてが相手。
絵の上達の為、色々な絵を見て、画集や本を読み、思考を深めるうちに
彼らとも対等に話せるようになった。われわれの話はいつも建設的ではなく、何事にも否定的で抽象的だった。出口の見えない暗澹とした想いを抱えながらも、それは絵に没頭するには居心地のいい環境だった。


再度の留年、数人の知人の自殺を乗り越え、いつのまにか始めた就職活動に終止符が打たれた頃、私は絵を描かないようになっていたし、二人とはあまり会話をしなくなっていた。それは私の成長と呼べるものかもしれなかったが、自分が正しい道に進んでいるとは思い切れなかった。卒業を前に私は思い出した様に数枚の絵を描いたが、そのうちの一枚を二人の為に捧げた。後戻りのできない暗い青春を懐かしく大切に想い、導いてくれた二人に敬意を表した。


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「芸術家」ベニヤ板にジェッソ、油彩 2004年


私という人間の原型は、絵を描いていたあの頃に形作られたと思う。旅に出ていつかあの頃の感覚に出会えた時は、成長などかなぐり捨ててしばらく心の向くままに浸ってみたいと思う。
客先へ向かう電車の中でこの本を読みながら、今日はそんなことを考えていた。