ありがたう

川端康成の短編『有難う』を読んだ。


ある会社の就職試験にでてきた一篇に感動し、文庫本を買っておいたのを
思い出して。


『有難う』は、田舎のバス道を通行する人や車のそれぞれに、

「ありがたう。」を言って追い抜いていく運転手がでてくる話。

「彼は十五里の野山に感謝を一ぱいにして、半島の南の端の港に帰る。」


いい話に仕立てている。何気ない日常にある、些細な物事の繰り返しを
一連の心の動きに同調させるように、淡々とリアルに。
それでいて色彩豊かに描きあげている。滲みを知り尽くした日本画のような風合いが感じられる。野山に一ぱいになった感謝には色がある。

こういう淡々とした話ならば、
自分の心を違和感なく合わせられる。
異端児の学生がでてくる昨今の小説ではなかなかこれができない。
こういう短編を、自分の心の近いところに携えて居れるのは、
気に入った革財布をもっているようなものだろうと思う。

ゆっくりとした時間が不意に訪れたとき、
いつでも持っているそれをなんとなく眺めてみると、
いろいろなものに思いが及ぶ。